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豪栄道の九州場所での綱とりは疑問 [ヨモヤ]

秋場所の豪栄道は素晴らしかった。
それまでの豪栄道は、大関昇進後、
カド番→勝ち越し
の繰り返しである、ふがいない大関として大いに不満を持っていたが、この15日間は実に力強かった。
全勝優勝はダテにできることではなく、大いに賞賛されていい。

しかし、「九州場所で綱とり」には、「ちょっと待って」と言いたくなる。
単にマスコミがあおっているだけならともかく、横綱審議委員会の守屋委員長まで
「私としては、13勝以上の優勝なら、審判部が推薦してきて、議論になったら賛成にまわる」
とおっしゃっておられるらしい。
全勝でも14勝でもなく、13勝以上の優勝なら昇進させたいとの意思表示である。
通常、優勝力士なら13勝はするから、優勝すればとにかく昇進、との意向と受け止めていいだろう。

横綱昇進内規では
「大関で2場所連続優勝もしくはそれに準ずる成績」
とされているから、来場所豪栄道が優勝すれば、確かにこの基準には当てはまる。
しかし、大関昇進の際には前3場所の成績が考慮されるのに対し、より強さと格式が求められるはずの横綱昇進のハードルが前2場所のみとなっているのはなぜだろう。
思うにこれは、「大関で」という前提にミソがあるのだと思う。
要するに、大関という責任ある地位をしっかり守り抜き、実力を証明したうえで、2場所連続優勝なら横綱昇進を認めましょう、ということなのだろう。

その観点から、豪栄道はどうか。
秋場所が素晴らしかったとはいえ、その前の場所は負け越している。
この状況で来場所優勝したら、「はい、昇進」はいかにも拙速ではないだろうか。
過去何十年間を振り返っても、昇進前の3場所で負け越しのある力士の横綱昇進は一度もない。
当たり前過ぎるくらい当たり前のことだが。

日本人力士に横綱になってもらいたい気持ちはわからなくもないが、無理やりに横綱にしてもろくなことはない。
本当に横綱としてやっていけるのなら、来々場所まで待ち、その結果を見定めてからでも遅くはないはずだ。
豪栄道は30歳であり、決して若くはないから、そうそうチャンスも来ないかも知れない。
それでも、誰もが納得できる形以外では横綱に昇進すべきではないと思う。

現在の3横綱中、鶴竜の体たらくを見ていると、横綱の地位もすっかり軽く感じられるが、本来は毎場所優勝に絡んで当然の地位である。
その境地に豪栄道が達しているかどうか、これまでの実績を踏まえても、あと2場所は見るべきではないだろうか。
それで機会を逸すのなら、それはそれである。

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2016年は伝説のシーズンに ~日本ハムの大逆転と大谷の二刀流は衝撃的~ [ヨモヤ]

2016年9月28日、西武プリンスドームで埼玉西武ライオンズ対北海道日本ハムファイターズ戦が行われ、優勝に王手をかけていた日本ハムが西武に1-0で競り勝ち、4年ぶり7度目のパシフィックリーグ優勝を果たした。
日本ハムは、一時期、ソフトバンクに11.5ゲーム差をつけられたが、15連勝を含む驚異的な追い上げを見せ、デッドヒートを制した。

ソフトバンクは、交流戦終了時点まで、絶対王者と言っていい強さを誇っていた。
日本ハムが追い上げを見せても、多少慌てさせるのが精いっぱいで、追いつくのはとても無理だろうと思った。
しかし、日本ハムの勢いは止まらず、追いつき追い抜いた。
今月21日、22日の直接対決でも、日本ハムはソフトバンクから連勝したから、現時点での力どおりの優勝だったと言える。
ソフトバンクとしては、終盤に柳田を欠いたのがなんとも痛かったが、日本ハムも抑えのマーティンを欠いたのだし、それを言っても仕方がないことである。

優勝監督インタビューで、栗山監督は、
「今年は我々も苦しかったけれど、(中略)・・・、北海道も来るはずのない台風が来ました。我々は絶対苦しいと言っちゃいけないと思っていました。ファイターズの選手の頑張りは、北海道の皆さんの力で我慢できた、勝ち切れたと感謝します」
「北海道の皆さん、ファイターズを応援して下さった皆さん、本当にありがとうございます。今シーズンは間違いなく一つだけ確信できたことがあります。ファイターズの選手は北海道の誇りです」
とおっしゃった。
この日の試合は西武ライオンズの本拠地西武プリンスドームで行われていたが、もし西武が優勝しても、監督や選手、関係者が、「埼玉の皆さんの力で優勝できた」とおっしゃるだろうか。
「埼玉の誇りです」とおっしゃるだろうか。
その姿は全然想像できない。
そんなことは考えられたこともないような気がする。
ファンのおかげ、とは思われているだろうが。
地域とチームの距離感・一体感が、日本ハムと西武ではまったく違うように感じた。

最後の試合を1-0の完封で締めたのが大谷翔平。
ワンヒットピッチングであった。
最後の最後にこんな試合の先発が回ってくるのもすごいが、
そこで最高の結果を出すところも、本当にすごい。
伝説的な試合になった。

シーズンを通しても、大谷の活躍は信じられないほどだった。
投げては10勝、防御率1.86。
打ってはホームラン22本、104安打。
投手で先発して、打順は1番、初回初球を先頭打者ホームラン、なんてこともあった。
日本最速164㎞も記録した。
大谷の活躍は、すでに異次元、漫画の世界である。
今年の大谷を見ることができた我々は実に幸運であった。
孫子の代まで語り継ぐ価値がある。

これから、クライマックスシリーズ、日本シリーズと野球の季節は続く。
後世に伝えたくなるような試合を期待したい。

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アメリカ大統領選挙で改めて思う 貿易赤字は忌むべきものか [ヨモヤ]

クリントン氏対トランプ氏という話題満載の顔合わせで世界の注目を集めているアメリカ大統領選挙。
いよいよ終盤戦の山場、テレビ討論会がやってきた。
過去、様々なドラマを生んできたテレビ討論会だが、今年も3回にわたって行われるという。
この企画は、有力候補が2人だけだからこそ意味があり、現在の日本の選挙では実現されにくいだろうが、実にうらやましい。
テレビは残酷に生身の姿を映すから、政策だけではなく人となりがよくわかるし、どんなことを言いたいのか、どんな準備をしてきたのかなど、演説よりもよく伝わってくる。

第1ラウンドは、クリントン氏優勢というのが大勢の見方のようだ。
しかし、もともとトランプ氏が政策論で張り合えるはずはないとの予測もされており、ここで多少押されてもマイナスにはならないとの分析もあるらしい。
選挙権がない身としては、討論を楽しみつつ、同盟国のリーダーが決まる場としてお二人の言動に注目していきたい。

さて、この日ばかりではなく、トランプ氏の主張には「?」と思うことが多いのだが、今日気になったのは、
「アメリカは日本や中国に対する貿易赤字に苦しんでいる」
「日本はアメリカに車を売りつけているのだから、もっと米軍の負担をすべき」
といった訴えである。
これらも、今に始まったことではないが。

アメリカは、貿易赤字で苦しんでいるのだろうか。
そもそも貿易赤字は悪いことなのだろうか。

赤字なんだから悪いに決まっている、
輸出より輸入が多いということは、外国に売ることができるものより、外国から買うものの方が多いということであり、競争に負けている証拠である、
と決めつけずに落ち着いて考えてみよう。

突然だが、私の家の近くに美味しいうどん屋さんがある。
私はそこでよくうどんをいただくのだが、そのうどん屋さんに何かを買ってもらったことはない。
つまり、私はそのうどん屋さんに対して赤字である。
しかし、別にそれで困りはしないし、損をしている感覚もない。
私は、うどん屋さんが自分ではできないことを提供しておられるからこそ喜んで利用しているのであり、お金がないときは行かないという選択肢もあるのだから。
同じ赤字という表現でも、自身の収入を超えた支出をしてしまっている赤字とは違うのである。

もちろん、家計と国家を同列に論じることはできないが、根底には共通したものがある。
アメリカが貿易赤字なのは、自国の需要を満たすだけの供給が自国にはなく、また自国のものより他国のものの方が優れているという状況の中での、合理的な選択の結果と考えるのが妥当であろう。
他国からものを買ってまで消費するというのは、むしろ繁栄の証であり、輸入が多いからといって、自国民の富が搾取されているという考え方は、普通は取らない。

しかし、トランプ氏は、経済学的にどうのということをおっしゃりたいわけではないだろう。
貿易赤字が実際問題として損か得かということではなく、例えば自動車会社をリストラされた人たちの思いに寄り添う形で、悪いのは安全保障にただ乗りして車を売りつけてくる日本というイメージを植え付けるのが狙いなのだろう。
アメリカの不利益になる可能性のあることについては、決して許さないという意思表示とでも言ったらいいのだろうか。

正しい認識をもとにして議論してもらいたいとの思いはあるが、
選挙は、どちらが経済学的に正しいかではなく、どう見えるかで決まる。
トランプ氏の主張が、すとんと落ちる方も大勢おられるということだろう。
ただし、選挙戦術としておっしゃっておられるだけならいいが、もし本当にその方向で政策が展開されるとすると、世界経済に悪い影響を与えてしまうだろう。

貿易問題に限らず、
ISやサイバーテロを含む安全保障、人種問題、環境問題などなど、
アメリカ大統領選挙のテーマは、世界の課題が集約されている。
副大統領候補同士の討論も含め、しっかり見ていきたい。

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映画評 「オーバー・フェンス」 [映画評]

私も超細々ながらこんな風に映画評を書いていて、たまに「映画を観るときに参考にしています」などと声をかけていただく。
ありがたいが、自分の評価をもとに映画館に足を向けられる人や逆に避けられる人もおられると考えると責任重大である。
映画にしても文学にしても、一定のレベルを超えてさえいれば受け取り方は様々だから、誰かの評を鵜呑みにすることはないとは思うが、絶賛されていた映画を観に行きたくなるのは、自然な人情というものだろう。
さて、日経金曜日の夕刊に映画評のコーナーがあり、そこで本作「オーバー・フェンス」が取り上げられ、★5つ付きで絶賛されていた。
そんなに褒める人がいるのなら、と観に行く気になった次第である。

それほど宣伝されているわけでもない小品だが、劇場は8分以上の入りで少し驚いた。
公開劇場数が少ないことにもよるのだろうが、蒼井優さん、オダギリジョーさんの人気のほか、作品への期待が高いことも感じた。
私のように、日経の映画評を読んで来た人もいただろうか。

映画は、蒼井さんとオダギリさんの関係を中心に進んでいくが、普通の恋愛ものとは全く違う。
楽しくも明るくもなく、ひたすら痛い。
ひかれ合うというより壊し合うという感じ。
いたわり合うというより傷つけ合うという感じ。
蒼井さんがしばしば突拍子もない感じで踊り狂われるのだが、それを見ているのが痛いという方もおられるだろう。

そもそも二人の設定がしんどい。
蒼井さんは、キャバ嬢であり、なぜか昼間は小さな動物園付き遊園地で働いている。
性格は、奔放という次元ではなく、本人のセリフ通り「ぶっ壊れて」いて、社会性は完全に欠落している。
感情表現があまりにも激しく、それは純粋というより危ない。
すぐに切れるのだが、その切れ方もハンパない。
オダギリさんは、離婚して現在無職。
物語の舞台となっている職業訓練校に通って大工の講習を受けているが、熱意はなく、誰とも深い関係を結ぼうとしない。
生きることに意味を見出すことをやめたような感じさえ漂わせ、静かにイラついている。

こんな二人だから、少しずつわかりあったり、ちょっとしたことでひかれ合ったり、といった普通の展開の恋愛にはならない。
ガツンとつながり、
ガツンとぶつかる。
中にぐいぐい入ってから、
どこまでも突き放す。
記念日にプレゼントを送ってとか、しゃれたレストランで食事をしてとか、そんな流れとはほど遠い。
生身の人間同士の、果し合いのような恋愛である。

ラストは、職業訓練校内でのソフトボール大会なのだが、学生物での学園祭のような若さの燃焼はかけらもない。
オダギリさん以外は、日常の延長で、ダラダラと参加している。
オダギリさんだけは、何かを吹っ切るために試合に臨み、お遊びのソフトボールでホームランを打つことで、自分の中の「フェンス」を越そうとされる。
オダギリさんのバットがボールをとらえてシーンは、それまでの鬱屈を晴らす美しさであった。

正直なところ、途中までこの映画を観続けるのがしんどかった。
登場人物の救いのない日常を見るのも辛かったし、
普通の人間なら絶対やらない踊りを繰り返す蒼井さんを見るのも辛かったし、
映画の出来とは関係ないが、隣に座った方の体格がやたらによく(体重120㎏以上とお見受けした)、その方からの圧迫感や吐く息を受け続けるのも辛かったからである。
しかし、途中、オダギリさんが吹っ切ったように若者に悪態をつかれて以降、だんだん映画に引き込まれていった。

映画は、まあ、ハッピーエンドと言えば言える形で終わる。
しかし、主役の二人に平穏な日々が訪れるとも思いにくい。
あの後も、互いをずたずたに切り刻み合うだろう。
その意味で、決して後味がいい作品ではないはずなのに、映画が終わった瞬間に抜けるような解放感を覚えた。
「ああ、フェンスを越えたなあ」と素直に得心できた。

映画「オーバー・フェンス」は、しんどい作品である。
蒼井さんのファンにとっても、目を背けたくなるようなシーンが多々あるように思う。
観ている側が試されているような気さえしてきて、入り込めるまでは決して愉快ではない。
しかし、生身の人間が描かれているだけではなく、映画的なエクスタシーも味わうことができる稀有な作品となっている。
人間ドラマを観たい方には、「ハドソン川の奇跡」よりこちらを強くお勧めしたい。
しんどいけど。

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いつか中国と信頼関係を築ける可能性はあるだろうか ~悲観的に考えざるを得ないのが現実~ [ヨモヤ]

NPO法人「言論NPO」が、日本と中国共同の世論調査結果を公表した。
この調査は、2005年から毎年続いていて今回が12回目。
今年は、日本側が8~9月に1千人、中国側が8月に都市部を中心に1587人が回答したという。
言論NPOのホームページを拝見したが、非常に多岐にわたる設問が用意されていた。
両国民の現段階での考え方が、ある程度はわかる調査になっていると思う。

調査結果では、互いに相手国に対して「良くない印象」を持っていると回答したのは、
日本側は91・6%(昨年88・8%)、
中国側は76・7%(同78・3%)
だったらしい。
もともとかなり悪い印象を持っている日本側の印象がさらに悪化し、中国は少しだけ改善したようだ。
それにしても、双方がこれだけ悪い印象を持ち合っているというのも悲しい話である。

「良くない印象」を持つ理由は、
日本側は、「尖閣周辺の侵犯」や中国の「国際社会でとっている行動への違和感」が挙げられている。
中国側は、「歴史をきちんと謝罪し反省していない」、「尖閣の国有化」のほか、「日本は米国と連携して軍事、経済、イデオロギーなどの面から中国を包囲しようとしているから」が5割に迫っている。
日本人とすると、「え?」という感じだが、中国の方は大真面目である。

日本の社会・政治体制についての印象について、中国の方が最も感じておられるのが、
なんと「軍国主義」というから驚く。
次いで、「資本主義」、「覇権主義」と続くというのだから、一体どんな日本像が中国では流されているのだろう。
仲良くしたいと思っても、「反日教育」的なものが続けられているのでは、歩み寄りようもない。

中国の経済規模は今後も成長を続け、そう遠くない将来、アメリカをも上回ると予想されている。
そんな超大国が隣国にあるのだから、日本としても良好な関係を築くに越したことはない。
しかし、中国の振る舞いを見て、「尊敬できるなあ」と思う人は、少なくとも日本にはほとんどいないだろう。
中国が経済的にさらに豊かになったとしても、「中国に住みたいなあ」と思う人は、あまりいないだろう。

中国については、国としてのイメージは世界的に悪化しているように思うが、個人的につき合えばいい人ばかりだ、との声も聞かれる。
きっとそうなのだと思う。
しかし、個人的につき合って悪い人ばかりという国もあまり聞いたことがないから、別にアドバンテージにはならない。

どの国にも、いい面悪い面があり、好き嫌いが分かれるのも自然なことである。
ただし、現在の中国のあり方は、普通の国のそれとはかなり違う感がある。
日本人の9割以上が「良くない印象」を持っているという状況は、好き嫌いが分かれているという段階ではなく、完全に嫌われている。
そして、この状況が改善される見込みは、少なくとも当分の間はなさそうだ。
残念なことではあるが、日本としてはそれを織り込んだうえでしっかりと距離を測ってつき合っていくしかない。
いつか信頼し合えるパートナーになれればと思うが、悲しいかな近い将来にそうなれる気はしない。

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映画評 「ハドソン川の奇跡」 [映画評]

突然、
「クリント・イーストウッドの『ハドソン川の奇跡』観に行くんだ」
と聞かされたら、
「え、マディソン郡の橋、またやってんの」
と勘違いする人もいるのではないか。
なんだか被る。
ちなみに本作の原題は、主人公である機長の名前から「Sully(サリー)」である。
タイトルは大切であり、作者の気持ちがこもっているはずなのだが、日本題ではやたらとわかりやすいタイトルに変えられてしまった。
確かに、日本では機長の名前はまったく知られていないし、サリーと言われても魔法使いの女の子のイメージしかないから、伝わりにくいかもしれない。
それでもやはり、映画の内容も考えると、こうやって名前をすっかり変えてしまうのはどうなのだろうと感じた。

イーストウッドの作品は、必ずと言っていいくらい高い評価を受ける。
本作も、評論家筋だけでなく、ユーザーレビューでも好評のようだ。
実話をもとにしていることからドラマ性はあまりないものの、その代わり機長の内面が描かれている。
トム・ハンクスの演技はさすがで、機長の強さだけではなく、弱さも表現されている。
映像もしっかりしている。
まあ、悪くない映画なのだろう。
しかし、個人的には興奮できなかった。
フっと意識を失ってしまいそうになる瞬間が何回かあったことを告白する。
つまらなかったわけではないのだが、と書こうとして、もう一度よく考えてみたら、「いや、面白くなかったから意識が飛びそうになったのだ」と思い直した。
前半は淡々としていたが、後半になって盛り上がった、というわけでもなく、終始胸に来るものはなかった。

イーストウッドは、86歳という年齢以上に、これまで残してきた実績から「巨匠」と呼ぶにふさわしい存在である。
巨匠のすることにはすべて意味があり、すべてのシーンやセリフには意図がある。
のだろうし、私風情が巨匠に物を申すのも僭越至極なのだが、思ったことを正直に書いてみよう。

まず感じたのは、中途半端感である。
実話をもとにしているということなのだが、完全なノンフィクションというわけではない。
しかし、その割には山も谷もない。
他のパイロットがシミュレーションするシーンがあり、そこが山場なのだが、残念ながら説得力もなかったし、ハラハラ感もなかった。
機長の責任を米国運輸安全委員会が追及するのだが、彼らがそうしなければならない意味もよくわからなかったし、散々言っていた割にあっさり引き下がったりと、ちぐはぐ感は否めなかった。

また、人物描写もあいまいなままだった。
機長の苦悩が描かれるのだが、奥が描かれない。
家族関係の深みは見えないし、一人で立ち上げたという会社のこともよくわからない。
だから、機長の魅力が伝わってこないし、苦しみを共感することもできない。
妻も役割はまったく不明だし、副機長は単なるいい人としか見えない。

クライマックスとなる公聴会にも、緊迫感は感じられなかった。
現実はもっとちゃんとしているのだと思うが、映画の中の公聴会は、日本のちゃちゃっと作ったテレビドラマの最終回のような安さだった。

「ハドソン川の奇跡」は、96分間という短さが一つの魅力である。
私は、長い映画より短い映画の方が好きだ。
過大な期待をせず、「へえ、あの事故の後、そんなことがあったんだ」ということを知るために観に行くのなら、十分楽しめる。
しかし、重厚な人間ドラマや、航空機事故の細部にわたるリアリティを求めて観に行くと、「あれ?」となる。
イーストウッドの集大成かも、今年一番の傑作かも、などと期待して観に行くと、「ざんね~ん」となってしまうだろう。
期待しないで観に行くことを、強くお勧めしたい。

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目出度さも中の下くらいなり ~豪栄道の快進撃に素直に喜べない~ [ヨモヤ]

稀勢の里の綱とりに注目が集まった大相撲秋場所。
白鵬が休場となり、今場所こそ久々の日本人横綱誕生かとの期待も高まったのだが、稀勢の里は3日目までに2敗を喫するという大惨敗。
13日目終了時点で4敗となり、綱取りは完全に白紙に戻った。

そんななか、するすると白星を重ねていったのが、大関豪栄道である。
ここまで、両横綱を撃破し、13勝無敗。
大関の地位にいるのだから、優勝争いに絡むことは当然のような気がするが、豪栄道や琴奨菊にはそれは当てはまらない。
ごくごくたまに、ひょっこりまとめて勝つ場所があるだけで、普段は淡々と負けている。
今場所の豪栄道もカド番で臨んでいた。

豪栄道は、大関に昇進してから先場所まで、計12場所に出場している。
成績は、93勝86敗1休。
大関ともあろうものが、ほぼ勝率5割である。
そして、この間、負け越しがなんと4回。
これで地位が守れているのだから、大関という地位のなんと安穏たることか。

関脇以下の力士は、負け越せば当然に番付が下がる。
それ以上に強いはずの大関は、なぜか連続で負け越さない限り大関の地位が守れる。
さらに、連続負け越しても、次の場所で10勝以上すれば大関に復帰できる。
大関とは、そこまで守らなければならない地位だろうか。

以前も提案したことがあるのだが、大関の地位を守るための条件をいくつか設定してはどうだろう。
例えば、
カド番は2回までとして3度目の負け越しは則陥落とか、
3場所連続10番勝てなかったら陥落とか、
10場所以内に優勝できなかったら陥落とか、
などである。

もし豪栄道が、これまでコンスタントに10番は勝っていたという力士なら、もっと応援する気になっていたことだろう。
しかし実際には、負け越し、勝ち越しの繰り返しで帳尻を合わせてきた感が強いから、カド番の場所で勝ちこまれても素直に応援する気になれない。
潔癖過ぎるかもしれないが。

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映画評 「聲の形」 [映画評]

「君の名は。」のメガトンヒットで活気づく日本アニメ映画界。
本作もそれなりの期待を持って迎えられている。
原作は、「週刊少年マガジン」に連載され、「第19回手塚治虫文化賞新生賞」などさまざまな賞を受賞したという大今良時のベストセラー漫画。
それを京都アニメーションが映画化ということで、ファンから期待も大きい。
映画館は若者を中心にかなりの盛況だった。

今作は、聴覚障害、いじめ、という重いテーマを扱っている。
しかも、「そんな時代もありました」的なフリではなく、繰り返し繰り返し描かれる。
観ている方がしんどくなるくらい。
しかも、特殊な状況というより、どこにでも、誰にでもありそうな光景で、暗い気持ちが高まっていく。
商業映画としては珍しいくらいに執拗に描かれる「いやなシーン」や「いやなセリフ」の連続は、テーマに向き合い、しっかり伝えようとする覚悟の表れと前向きにとらえた。

だから、話が暗い方に流れるのもそれはそれで構わないし、あまり救いがないのもリアルな世界の描写として納得するが、登場人物の突飛な行動の数々はどうにも釈然としない。
初めからハチャメチャな話なら、こちらもそれを織り込んでみるからいいのだが、リアリティを追及しているように見えて、突然わけのわからないことをするから、観ている側は完全に置いてけ堀である。
エピソードのつぎはぎ感も否めないし、なぜこの人がここに出てきて、こんなことを言い出すのか、というシーンがいくつもあり、感情移入を妨げる。
感情移入どころか、意味が分からない。
漫画原作を映画化する際にありがちだが、多くの見せ場や登場人物を2時間になんとか詰め込もうとするあまりあふれかえってしまい、収拾がつかなくなってしまうというパターンである。
ちゃんと作ろうとしているように見えなくもないだけになおさら残念である。

最後、何か奥の方に見えるシーンがあるのだが、それも何なのかわからない。
それぞれで解釈すればいい、ということなのかもしれないが、そういう投げ方ができるほど作り込まれているとは思えない。

重いテーマに敢然と立ち向かった作品だけに、評価が難しくはある。
しかし、暗い暗くない以前に、面白かったか、満足感が高かったか、と問われれば、残念ながら首をかしげざるを得ない。
説得力があったか、きちんと作られていたかと問われても、同様に首をかしげてしまう。

京都アニメーションというと、個人的には「氷菓」が大好きである。
深夜枠のテレビアニメであったが、毎回映画を超えるようなクオリティがあり、うならされたものだった。
その期待値で本作を見てしまったせいか、正直拍子抜けだった。
京アニだから毎回傑作といかないのは当然であるが。

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パ・リーグが熱い! ~天王山 ソフトバンク対日ハムはハムが先勝~ [ヨモヤ]

シーズン前、
投手がいい、野手がいい、チームワークがいい、監督がいい、
と揃って、ソフトバンクの優勝は動かないと思っていた。
せめて、2位以下のチームが5ゲーム差くらいでついてきてくれればと願った。
開幕し、交流戦が終わった段階では、ソフトバンクはあまりにも盤石であった。
とてもではないが他のチームでは対抗できないと思った。

7月に入って、日本ハムが猛追を始めたが、追いつけるとは思えなかった。
しかし、日本ハムの進撃は止まらず、絶対王者と思われたソフトバンクを追い詰めた。
もちろん大谷が目立つが、それ以外の若手選手もぐんぐん伸びてきた。
増井を先発に回すという英断もずばりと当たった。

そして、天王山。
9月21日、22日のソフトバンク対日本ハムの2連戦。
ここをゲーム差なしで迎えることになろうとは。
不動の3番打者柳田を欠きながらなんとか踏ん張っている王者ソフトバンクはさすがだし、
抑えの切り札マーティンを欠きながら勝ちを拾っている日ハムの粘りもすごい。
オリンピックもパラリンピックも終わってしまったが、熱い戦いはまだ終わっていない。

初戦は、ソフトバンクが千賀、日本ハムが大谷の先発。
残り試合が少ない日本ハムとしては、ここは絶対に負けられない。
満員のヤフオクドームで1点を争う好ゲーム。
最後の最後までまさに手に汗握る展開。
9回ツーアウト二、三塁から、センター後方を襲う打球。
抜ければサヨナラ。
野球に酔った。

この2試合、ソフトバンクとしては1試合勝てば十分であろう。
その意味では、この1敗はそれほど痛くはない。
しかし、連敗してしまうとさすがにまずい。
この2試合、日本ハムとしては連勝あるのみである。
その意味では、この1勝は大前提であった。
しかし、連勝すればぐっと優勝が近づく。
天王山の2戦目も大注目である。

セは広島以外がヘロヘロで、稀に見るひどいペナントレースになってしまったが、パは9月の半ば過ぎても熱い。
やっている方は本当に大変だろうが、見ている方は心から楽しい。
球史に残る両チームのデッドヒートも残り10試合を切った。
これを見逃したら絶対損だ。

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『ところざわ学生映画祭 × 新所沢レッツシネパーク』で見えた未来 [映画評]

9月18日、新所沢駅前の新所沢レッツシネパークにて開催された
『ところざわ学生映画祭 × 新所沢レッツシネパーク』
というイベントに行ってきた。
これは、昨年、今年と開催された「ところざわ学生映画祭」にノミネートされた全23作品の中から、新所沢レッツシネパークがセレクトした6作品が一挙上映されるというもの。
両年のグランプリ作品を含む選りすぐりである。
私は、「ところざわ学生映画祭」に2年連続でフル参戦しているから、今回の6作品もすべて観たことがあるのだが、いいものは何度見てもいい。

上映されたのは、
第1回大会から、『帰郷』<グランプリ>、『がらんどう』、『愛を込めて壁ドンを』の3本、
第2回から、『upland』<グランプリ>、『UNDER MAD GROUND』<レッツシネマパーク賞>、『染朝』の3本である。
個々の作品についての感想は、すでに映画祭鑑賞時に書いたので、そちらを参照していただきたいが、やはりグランプリの2本は素晴らしい。
商業映画を含めても、このクオリティの作品はそうそうないと思う。
大切にしたくなる映画である。

※第1回映画祭の感想はこちら
http://matoko.blog.so-net.ne.jp/2015-05-04
※第2回映画祭の感想はこちら
http://matoko.blog.so-net.ne.jp/2016-05-09

上映後、『帰郷』『がらんどう』の川原杏奈監督と、
『愛を込めて壁ドンを』『UNDER MAD GROUND』の松尾豪監督の
ちょっとしたトークショーがあったのが楽しかった。
『帰郷』の繊細な演出が印象深い川原監督が、スプラッタな方とは知らなかった。
松尾監督が話された『壁ドン』のエピソードは、興味深かった。

お二人の受け答えは、なんというか実に好ましかった。
「日本映画について何か言いたいことがあれば」
という質問に対して、
「日本映画が盛り上がっているのを感じる。自分たちもこれに乗っていきたい」
というような答えをされた。
トンガロウと思えばいくらでもトンガレル質問だし、物申したいこともなくはないと思う。
しかし、自分を大きく見せようとされるより素直な思いを表されたのが気持ちよかった。

また
「好きな映画監督は?」
という質問に対して、
松尾監督は
「黒沢明監督。そして、ディズニーの挑戦心にもそそられる」
と答えられ、
川原監督は、
「岩井俊二監督。特に『リリイ・シュシュのすべて』が好き」
と答えられた。
これも、通ぶる気になればいくらでも通ぶれる質問である。
映画好きが多く集まっている場であり、大抵の人はこの手の質問をされたら、
ついなんだかわからない監督の名前を挙げてしまいそうである。
しかし、二人は黒沢さんと岩井さんを挙げられた。
なんだかうれしくなったし、ご自分をしっかり持たれているなあと感心した。

お二人が映画を作る才能に恵まれておられることは、すでに証明されている。
あとは、機会が訪れるかどうか、その機会をつかめるかどうか、ということであろう。
それは、もう「運」としか言いようがない。
それを含めて実力と言う人もおられるだろうが、そう決めつけてしまうのは酷だろう。

お二人をはじめとして、「ところざわ学生映画祭」から、何人も映画界に羽ばたいてほしい。
「実は、あの監督が若い頃の作品観たことあるんだよ」
などと自慢話をさせてほしい。

トークショーが終わったのち、映画館のロビーはなんとなく立ち去りがたい人たちであふれていた。
多くの人が、若者たちのパワーにあてられて、なんとなく居ても立ってもいられなくなっているように見えた。
映画が、人の心に火を点けていた。
若く才能のある作り手がいて、
それを大切にしようとする人たちがいる。
映画を取り巻く環境がいい話ばかりではないことは重々承知だが、それでも日本映画の未来は暗くないと感じた。

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