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2,000円の下駄を履かせてもらった感じの日経平均5年連続の上昇 [経済を眺める楽しみ]

12月30日で、今年の東京株式市場もお開き。
日経平均株価の終値は、前日比30円安の19,114円となった。
12月21日には19,600円ほどあったから、そこから比べると500円近く下落したことになり、何となくムードは悪いが、前年末終値は80円高とほんのわずかながら上回った。
また、年間ベースでは5年連続の上昇であり、これは昭和53~平成元年に12年連続で上昇して以来の長さで、バブル崩壊後では最長であるという。
ということは、この5年ほどの間に株式投資を始めた方は、概ねプラスになっておられるのかもしれない。
もちろん、そんな単純なものではないことは百も承知だが、ダラダラ下げ続けてきた相場環境と比べれば、明らかに恵まれている。

2016年は、ブレグジットあり、トランプショックありで、波乱に満ちた一年であったが、よく相場が持ったものだと思う。
もちろん、日銀が大量に買ってくるという官製相場の面も強いのだろうが、それだけではないはずだ。
黒田総裁がおっしゃるように、
「悲観論は完全に転換した」
のかもしれない。

それにしても、トランプ氏の大統領選挙勝利後の2,000円もの上昇は、何か拾いもののようだった。
多くの評論家やエコノミストが、トランプ氏の勝利を「悪夢」と表現していたから、もし勝利した場合、大変なショックに見舞われると覚悟していた。
実際ショック安はあったのだが、それはたった一日だけ。
翌日には、すっと戻ってきた。
その後は、あたかもトランプ氏の大統領就任を歓迎するかのような相場になり、何やら狐につままれた感さえした。
いつものことだが、評論家、エコノミスト、さらには新聞もまったくあてにならないことを再認識した次第である。

しかし、拾ったものでも、もらったものでも、2,000円は2,000円。
株価が上がることは経済には絶対的にいいことなので、これはありがたい。
一時は100円割れの水準まであったドル/円相場が、115円を超えるところまで戻ったのも朗報だった。

十二支について、以下のような相場格言がある。
「辰巳天井、午尻下がり、未辛抱、申酉騒ぐ、戌笑い、亥固まる、子は繁栄、丑つまずき、寅千里を走り、卯跳ねる」
特に根拠はないだろうし、動物のイメージを当てはめているだけという感もなくはないが、これに従えば酉年の来年は再び騒ぐ年となる。
希望としては、そんなに上がらなくていいから、大波乱のない年であってほしい。
実際には、波乱のない株式相場などありはしないのだが。

年末格闘技 注目は女子 [ヨモヤ]

かつて、日本は総合格闘技のメッカだった。
世界のつわものたちが次々にリングに上がり、最高峰の闘いを繰り広げた。
グレーシーを破った桜庭は、国民的ヒーローになった。
月日が流れ、世界の格闘技の中心は日本から遠く離れてしまった。

去年に続いて、今年も年末に格闘技のイベントが行われる。
フジテレビ系が「RIZIN」、
TBS系が「KYOKUGEN2016」
である。
格闘技ファンとしては楽しみに待ちたいが、カードを見ると、新鮮さにはまったく欠けている。
シウバの欠場で消滅したが、目玉カードがシウバvsミルコでは、一体何を決めるための戦いなのかさっぱりわからない。
魔裟斗対五味、小池の旦那など、時間が止まったかのような感がある。

そんななか、注目すべきは女子格闘技だろう。
日本ではまだ火がついていないが、アメリカでの女子格闘技人気は、すでに爆発している。
頂点に君臨するロンダ・ラウジーの人気・影響力はすさまじく、格闘技の枠を超え、TIME誌の2016年版「世界で最も影響力のある100人」にも選ばれている。
そして、すべてのスポーツを含めて、女子ナンバーワンのアスリートとして認定された。
体重60kgでバンタム級の彼女がこれだけの地位を得ることができるのだから、日本の女子選手にも可能性がある。

ロンダ・ラウジーのバックグランドは柔道で、北京オリンピック柔道70kg級銅メダリストである。
日本でも、元柔道家や元レスリングの選手が、総合の舞台にどんどん上がるようになれば面白い。
日本女子の柔道やレスリングは間違いなく世界トップクラスなのだから、総合でもトップになれる可能性がある。
もしアメリカのUFCでトップになれれば、世界のスーパースターである。

そんななか、注目のカードは、レスリング出身で吉田沙保里のライバルだった村田夏南子と、UFC出場経験のある中井りんの一戦であった。
村田は、ロンダ・ラウジーの対戦相手として名前が上がるような存在になっているというし、中井の実績も豊富である。
これからの女子格闘技の飛躍を占ううえでも大きな試合と言える。
どうしてこれを大晦日の生でやってくれないのかと思うが、29日に一足先に行われ、中井が勝ったようだ。
実績から順当ともいえるが、村田の勝利を予想した人も少なくなかったと思う。

大晦日には、先日山本美憂を破ったRENAがリングに上がる。
正直、年末のイベントでの男子のカードには、次につながるものが見当たらないが、女子は違う。
試合内容も大幅に向上しており、しっかり見ておこう。
格闘技界の、スポーツ界の勢力図を変えていく可能性がある。

マーケティングとは何か? ~ 「マーケティングのすゝめ」を読んで改めて考える ~ [ヨモヤ]

「あの企業はマーケティングがうまい」
とか
「製品はいいのにマーケティングがしっかりしていないから売れていかない」
とか
「これからは、役所にもマーケティングの考え方が必要」
などといった感じで、ニュース書籍を読むと、ポンポン「マーケティング」という言葉が使われている。
しかし、では「マーケティングとは何ぞや」と改まって問われると、口ごもってしまうのではないだろうか。

マーケティングという言葉の定義について、Wikipediaに当たってみると、アメリカマーケティング協会及び日本マーケティング協会によるものが書いてある。

・アメリカマーケティング協会による定義
マーケティングとは、顧客、依頼人、パートナー、社会全体にとって価値のある提供物を創造・伝達・配達・交換するための活動であり、一連の制度、そしてプロセスである。

・日本マーケティング協会による定義
マーケティングとは、企業および他の組織がグローバルな視野に立ち、顧客との相互理解を得ながら、公正な競争を通じて行う市場創造のための総合的活動である。

両者を読み比べると微妙に異なっている。
ただ、両者とも漠然としていまっているし、正直わかりにくい。

公私を通じてマーケティング的な考え方の必要性を認識しているなか、もう少し深く考えてみたいと思っていたところ、書店で「マーケティングのすゝめ」なる本を見つけた。
著者は、近代マーケティングの父とも言われるフィリップ・コトラーさんとネスレ日本株式会社CEOの高岡浩三さんである。
改めて、マーケティングとは何か考えてみようと読み進めた。

本の前半で「マーケティングとは何か」ということをお二人で語りあっておられる。
しかし、それが残念ながら絞られていない。
ざっと挙げるとこんな感じである。

「マーケティングとは、自分と自分以外との差別化を図り、ターゲット顧客層を絞り込むこと」

「マーケティングとは、自分が認知されているか否かにかかわらず、自らが開発する、あるいは提供するモノやサービスのターゲット顧客に影響を及ぼすこと」

「自分の存在を顧客に知ってもらい、顧客の問題解決をするにあたって魅力的で誠実な印象を与えるよう取り組むこと」

「顧客にとって価値のあるモノやサービスを通して、顧客の問題解決のお手伝いをすること」

「マーケティングは顧客の問題を解決することで、顧客の価値を高めるプロセス」

「市場はうまく機能しなければならないが、そのためには顧客の意思決定や企業間の競争を知る必要がある。それがマーケティングである」

しまいには、こんなのまである。
「マーケティングは、より多くの人のために、より良い世界の構築を目指すもの」

このお二人にして、マーケティングを定義づけようとするとあっちゃこっちゃに行ってしまうようだ。
そういえばこれもマーケティングだ、この考え方もマーケティング的だ、といった感じだろうか。

こうなると、あえて定義しようとする方が無意味に思える。
コアな考え方だけをしっかりつかまえて、自分流のマーケティングをしていくしかない。
ひょっとしたら、「相手の身になる」ということがマーケティングかと思ったりもする。

上原辞退でWBCの抑えは誰に [ヨモヤ]

今の野球では、最後の1イニングを投げる投手が非常に重要である。
ここがしっかりすると戦い方が安定するし、逆算して試合を進めることができる。
それは単独チームだけではなく、代表チームでも同じである。
去年のプレミア12では、抑え投手をワンサと選んだ挙句に一人に固定できず、韓国に大逆転負けを喫したという苦い経験がある。

来春にWBCを控え、私は抑えに最適なのはメジャーで活躍する上原だと思っていた。
アメリカでの実績は文句なしだし、
国際舞台でも無類の強さを発揮するからである。
しかし、上原は出場辞退を表明してしまった。

メジャー組では、田澤という線もある。
ただ、セットアッパーをずっとやっているだけに、最後を任せるのはどうかとも思える。

国内組がしっかりしていればこんな悩みもないのだが、抑え候補は誰もが今一つである。
楽天の松井は、プレミアで炎上したし、国際試合でバッタバッタというイメージはない。
巨人の澤村は、まずはチーム内での位置を固めるところからだろう。
DeNAの山崎に最も可能性を感じるが、代表の最後を託すには線が細い感もある。

抑えについては、初めから固めないで、戦っていく中で絞り込んでいくというやり方もある。
しかし、最後の最後、この一番という試合で、まだ手探りしているようでは話にならない。
日本ハムの大谷や、楽天の則本が最後に回る可能性を含め、まだまだ混とんとしている。

追悼 ジョージ・マイケル [ヨモヤ]

1980年代にポップデュオグループ「ワム!」で大活躍し、
ソロでも世界的ヒットを飛ばしたジョージ・マイケルさんが亡くなった。
53歳。

今年は、大物ミュージシャンの訃報が相次いだ。
1月のデヴィッド・ボウイ、元イーグルスのグレン・フライに続き、
2月には、アース・ウィンド・アンド・ファイアーのモーリス・ホワイトが亡くなった。
さらに3月には、ELPのキース・エマーソンが
4月にはプリンスが亡くなった。
ずっと大好きだったプリンスの死には、私も大きなショックを受けた。
2016年は、プリンスが死んだ年として記憶すると思う。
10月に、Dead or Alive のピート・バーンズの訃報が届き、
締めくくりのように訃報が届けられたのがジョージ・マイケルである。

ずっと第一線にいたという感じではないので、知らない人も多いと思うが、彼の80年代の活躍は目覚ましかった。
ワム!とその後のソロでも成功し、イギリスとアメリカをまさに制覇していた。
'80年代に全米No.1シングル数が8曲出していて、これはマイケル・ジャクソンの9曲に次いで2位である。
マドンナより、プリンスより売れていたのだ。

健康感あふれる若者としてデビューし、
アーチスト志向を高めてソロに転向し、
薬物で逮捕され、
ゲイであることをカミングアウトするなど、
波乱万丈の人生でもあった。
世界中で「ラスト・クリスマス」が流れている日に逝ってしまったのも、彼らしい。

ソロになって以降の彼が本当の彼なのかもしれないが、鮮烈だったのはワム!の初期。
特に2枚目のアルバムである「Make It Big」は、ポップの玉手箱のような作品だった。
ちなみに収録されていたのは、以下の8曲である。

1.ウキウキ・ウェイク・ミー・アップ "Wake Me Up Before You Go-Go"
2.恋のかけひき "Everything She Wants"
3.ハートビート "Heartbeat"
4.消えゆく思い "Like a Baby"
5.フリーダム "Freedom"
6.イフ・ユーワー・ゼア "If You Were There"
7.クレジット・カード・ベイビー "Credit Card Baby"
8.ケアレス・ウィスパー "Careless Whisper"

邦題に「ウキウキ」が着くくらい、当時はアイドル的な扱いだった。
本人は嫌だっただろうが、それが似合ったし、それでよかったと思う。
アイドルからアーチストへ進むのは、ビートルズも同じである。

いい曲がいくつもあるのだが、若さあふれる「クラブ・トロピカーナ」を紹介したい。
その後のあれやこれやを考えると、感慨深い。
https://www.youtube.com/watch?v=WYX0sjP6Za8

エイベックスの松浦社長の言葉に耳を傾けたい [ヨモヤ]

レコード会社や芸能事務所などを傘下に持つ「エイベックス・グループ・ホールディングス」が、社員に違法な長時間労働をさせていたなどとして、三田労働基準監督署から労働基準法に基づく是正勧告を受けたらしい。
指摘事項は、
・実労働時間を管理していない
・長時間残業をさせている
・残業代を適正に払っていない
といった内容らしい。

これについて、社長の松浦勝人さんがブログで言及されている。
松浦さんと言えば、エイベックスの創業者であり、多くのアーチストから厚い信頼を受けている方である。
松浦さんは、「真摯に受け止め対応はしている」
との前置きのあと、
「好きで仕事をやっている人に対しての労働時間だけの抑制は絶対に望まない。僕らの業界はそういう人の『夢中』から世の中を感動させるものが生まれる。それを否定してほしくない」
「労基法の改正は、長時間労働の抑制だけじゃなく、働き方の多様性に対応するものであってほしい」
「戦うべき時は相手が誰であろうと僕らは戦う」
と書いたのである。

電通社員の痛ましい事件があり、エイベックスも指摘を受けたばかりとあって、松浦社長のコメントに批判的な見方をする人も多いだろう。
しかし、実際問題として、音楽映画イベント業などに携わる人が、法律上の労働時間を守れるとは到底思えない。
例えばレコーディングなら、何日も泊まり込みになることもあるだろう。
「5時になりましたので、お疲れ様」
というわけにいくはずがない。
映画の撮影も、早朝から深夜に及ぶことなどざらだろう。
魂込めて、命懸けで作り上げていくのだから、時間のことなど構っていられない。
「今月の残業時間超えちゃったんですよね」
などと言えるはずがない。
また、そんなことを考える人が心を動かす作品を作り出すとも思えない。

GLAYのTERUさんも、
「僕らの会社も労働基準法のまま仕事をするとなるとコンサートなんてできるはずもなく・・・。難しい問題ですね」
とフォローされているようだが、本音だろう。
もちろん、社員の心を痛めるような働かせ方をしていいはずがないが、杓子定規に労働時間を当てはめたら、エンタメ業界は成り立たなくなる。
渾身の作品を観たい私たちとしても、それは歓迎できない。
また、現実とまったく合っていないのは、エンタメ業界だけではないだろう。

ここのところ、
長時間労働 = 悪
という図式が確立しつつある。
思い切った対策を取らないと事態が変わらないという事情は理解しながらも、個々の企業の状況は丁寧に見ていく必要があると思う。
松浦社長の言葉を「逆ギレ」「開き直り」ととらえず、「ではどうしたらいいだろうかと」考える材料にしたいものである。

映画評 「ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー」 [映画評]

本作は、スター・ウォーズのスピンオフ作品。
なんでもディズニー版スター・ウォーズは、隔年で本編3部作が公開される合間に、スピンオフ3本の公開を挟む形で6年間続くという。
ちとやり過ぎではないかと心配してしまう。
粗製乱造の恐れはないだろうか?
もともとそれほどスター・ウォーズのファンでもない身としては、そんなに公開されても持て余してしまう。
そんなこともあり、スピンオフの方は見なくてもいいかな、と思っていた。
しかし、知り合いが「泣けた」との感想をSNSに上げていたので、まあそれなら、と行ってみた。

結果、泣けはしなかったが、うならされた。
スター・ウォーズ恐るべし。
アメリカ映画恐るべし。
今さらながら。

前半は、少しかったるい展開が続く。
油断したらコクンと落ちそうになってしまう流れに、やはりスピンオフ作品に期待が大き過ぎたかと後悔しそうになった。
しかし、中盤から後半にかけて一気にストーリーが動き始め、まさにスター・ウォーズといった映像が繰り広げられた。
毎度のことだが、絵のすばらしさにはほとほと感服する。
異星人やドロイドは完璧に動くし、戦闘シーンには圧倒される。
安っぽさがまったくないから、物語に引き込まれる。

本作ですごいと思うのは、脚本である。
スター・ウォーズ全体の世界観を守りながら、
シリーズの歴史を引き継ぎつつ、
映画の中のいろいろな伏線を回収していく。
終盤、主人公たちに様々な危機が降りかかるのだが、きちんと計算して書かれているので、ぐいぐい持っていかれる。
ダース・ベイダーの登場シーンでは、サービスカットもある。

脚本には2人の名前が上がっている。
どのような役割分担で、このストーリーをかき上げていったのだろう。
突出した才能を持った人が、
緻密で手間のかかる作業を行ったのではないかと推察する。
私は日本映画が好きで、日本映画を中心に観るようにしているのだが、多くの日本映画が実に雑な脚本で撮られている。
「まあ、こんくらいでいいか」
という感じが伝わってくる。
作り手にそんなつもりはないのだろうが、失礼ながら「手抜き感」が満載である。
資金力の問題もあり、スター・ウォーズのような映像は撮れなくても仕方がない。
しかし、脚本は頑張れる余地があるはずだ。
日本映画に関わる人たちも、ぜひ本作を観て、ここまで練るのが世界標準なのだと知ってほしい。
そして、とことんまで絞り出してほしい。

この映画の登場人物は、決してスーパーヒーローではない。
名もなく、弱く、虐げられ続けてきた存在である。
闘い方にも、さっそうとしたものはない。
玉砕覚悟であり、
かなり精神論にもよっている。
見ようによっては日本的かもしれない。
ラストも、甘いものではない。
苦いが、感情移入できるという点では、シリーズでも屈指かもしれない。

何がここまでさせるのか。
スター・ウォーズ恐るべし。

問題はマージャンでお金を賭けていたこと? ~福岡県飯塚市の賭けマージャン問題で思う ~ [ヨモヤ]

福岡県飯塚市の斉藤市長と田中副市長が、平日の昼間から賭けマージャンを繰り返していた件が大きく報道されている。

副市長が第三者から店舗に出入りする画像を突きつけられて交渉を迫られ、飯塚署に相談したことから話が大きくなったようだが、それ以前から噂はあったという。
市民や市議会から大きな批判を浴びているようだが、その理由は、
・平日の昼間から行っていたこと
・市事業の関連事業者がメンバーに入っていたこと
・お金を賭けていたこと
の3つに集約されるだろう。

平日の昼間から行っていたことについて、法的な問題はない。
一般の市職員が、仕事を抜け出してマージャンをしていたとあっては言語道断だが、市長・副市長は特別職であり、勤務時間は決まっていないからだ。
もちろん、道義的責任はあるし、胸を張れることではない。
たった一度そんなことがあったというのならともかく、何度もあったとあれば、問題にされても仕方がない。
しかし、平日昼間に美術館鑑賞なら批判はされなかったのかと思うと、少し複雑な思いはする。
「一般職員なら懲戒もの」との意見が新聞に紹介されていたが、お二人は一般職員ではないのだから、仮定自体に意味がない。

二つ目の、メンバーに市の事業に関連した事業者が入っていたことについては、批判は免れないだろう。
指定管理者の会社社長とのことで、以前からのつきあいがあり、口利きなどは一切ないとのことであるが、誤解を招くような行動は慎むのが当然である。
この件については、脇の甘さを指摘されても仕方がない。

三つ目の、お金を賭けていたことについては、どうだろう。
この件について、市長が
「金を賭けずにマージャンをする人が世の中に何%いるのか」
とおっしゃり、
副市長も
ゲーム感覚だった。ゴルフチョコレートを賭けるようなもの」
と述べられたことから、賭けを正当化しているとして批判されている。
こうした発言が、話を大きくしている感もある。
賭博行為は法律で禁止されており、厳密に言えば、賭けマージャンも違法になるから、市長・副市長の地位にある方が問題ないと言ってしまうとややこしくなる面はあるだろう。
しかし、お二人がおっしゃるとおり、1日1万円程度であれば、「社会通念上、許される範囲」という判断もあながち間違っていないと思う。
減ったとは言っても、今でもまちなかにマージャン店はあり、あそこで楽しんでおられる方はほぼ100%お金を賭けておられるはずだ。
それでも、少額であり、反社会的勢力が絡んでいなければ、いちいち警察が動くことはない。
この件に関して、「市民意識とかけ離れている」との意見があるようだが、反対にマージャンはお金を賭けてやるもの、というのが市民意識であると思うのだが、どうだろう。

本件についての見出しは、
「賭けマージャン」
で統一されているように見える。
本当に論点はそこなのだろうか。
記者さんたちは、動くお金が数千円から1万円くらいであっても賭けマージャンは許すべきではないと、本気で思われているのだろうか。
なんだかモヤモヤするのである。

和牛の「ティッシュ・マイ・ベイビー」 [ヨモヤ]

M-1グランプリから半月が過ぎた。
観終わった瞬間はどのネタも面白かったと思っていたが、この時期になっても繰り返し見たいと思えるのは、
「さらば青春の光」の「漫画や」「能や」のネタと
「和牛」の2本目
の二つ。
それぞれもう十回ずつくらいは見たが、それでもまだ笑える。

和牛が優勝しなかったのは残念だったが、Yahoo!の意識調査ではトップの票を集めたし、覚えてくれた方もおられたと思うのでよしとしよう。
2本目が私のお気に入りだが、1本目もよかった。
2本そろえられたのは、本当に素晴らしい。
(敗者復活戦のネタはイマイチだったが)

今は和牛が出てきただけで、面白いに決まっていると客席が思ってくれている節がある。
客の笑う準備は万全である。
こうなると、何を言ってもウケる。
実際に面白いのだが、客とシンクロするとさらに面白さが拡大する。

和牛にはいろんなパターンがあり、ネットにもいろいろなネタが公開されている。
どれも笑えるのだが、歌ネタを一つ紹介したい。
水田さんに好きな女の子ができて、歌で告白しようというものである。
曲のタイトルは、「ティッシュ・マイ・ベイビー」。
面白いのは当然として、なかなかいい曲でもある。
「歌ネタ紅白歌合戦」みたいなものがあれば、ぜひ出演してほしい。

https://www.youtube.com/watch?v=B6h9VHgqEJI

政府の経済見通しは甘過ぎる? [経済を眺める楽しみ]

2017年度の経済成長率の見通しについて、実質で、プラス1.5%程度とすることが閣議で了解された。
政府見解では、8月に決定した経済対策により、内需を中心として景気の回復が見込まれるとしている。
民間予測の平均は1.1%ほどだから、それと比べるとかなり高めである。

さて、この政府見通しについて、朝日新聞が過去10年間を遡って、当初見通しと実績値の勝敗を分析している。
当初見通しを実績が上回った場合を見通し達成として勝ちとすると、2勝8敗だったうだ。
つまり、10年中8回は、実績値が当初見通しに届かなかったことになる。
見通しが甘過ぎるということになるだろうか。

内閣府の担当者は、
「民間予測は統計的に予想するもの。政府見通しは、様々な政策をとればこうなるという姿を示している」
として役割の違いを強調されたとのことである。
確かに、初めからマイナス成長を予想するのもなんだから、多少希望的な観測が混じるのもやむを得ないとは言える。
しかし、経済見通しが予算にも反映されているはずだから、あまり外れ過ぎては見通しの意味がない。

もちろん、見通しどおり経済が動いてくれるのならこんな楽な話はなく、うまくいかないのが常であることは理解できる。
また、安倍政権誕生前は、政府と日銀の政策がちぐはぐで、うまく機能していなかった面もあると思う。
そこへ行くと、現在は政府と日銀がツーカーの仲で経済運営ができているはずだから、こういうときくらいは見通しどおり運んでもらいたい気もする。

11月以降の円安株高で、景況感が一気に改善した感がある。
この勢いで、来年は政府見通しを上回る2%超の成長と行きたいところである。
「見通しを低く見過ぎたなあ」
という年になってほしいものである。

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