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入国禁止令のアメリカで見えるもの ~トランプ政権の危うさとアメリカの良き一面~ [ヨモヤ]

訳知り顔の方が、二か月くらい前、こんなことを言っていた。
トランプさんが散々トンデモないことを言っているのは、選挙のうちだけ。
 実際に就任したら、今言っているようなことをするはずがないから、心配しなくていいですよ」
そんなものかなあ、と期待したが、その方の予言は大外れ。
トランプ大統領の振る舞いは、選挙中と同様、いやそれ以上に常軌を逸して見える。
メキシコとの間に壁を作るなどの政策もさることながら、
就任演説のときの来場者は、「オバマ大統領就任時より多かった」などと本気でおっしゃっり、メディアが嘘をついているとガチで怒っておられるようだから、こうなるとちょっと精神状態が心配になる。

イスラム教徒の多い中東・アフリカ7か国からの渡航者の米国入国を一時禁止する大統領令も、本当にやってしまった。
意味も効果もない上に、混乱と憎しみだけは増してしまう政策であり、トランプ大統領のみならず、これを止めさせることのできないまわりの人たちの能力にも大きな疑念が生じる。
最初くらいはやりたいようにやらせてみよう、ということなのだろうか。
それでどれだけ多くの人が被害を被ったとしても。
アメリカ、大丈夫だろうか。

トランプ大統領だけを見ていると、「やれやれ、アメリカもひどい国になったなあ」で終わりなのだが、今回の騒動ではアメリカの良き一面も見える。
今回の大統領令に抗議するデモが、全米に広がっているのである。
首都ワシントンニューヨークなど全米30都市以上で行われており、数万人規模の参加があるようだ。
しかも映像で見る限り、イスラム系の方より、白人の姿の方が目立つ。
つまり、実際に差別される側ではない方たちが、猛烈に怒り、具体的な抗議活動を起こしているのである。
この辺り、
一党独裁で言論統制がされている中国とは一味も二味も三味も四味も違うし、
一方方向に一気に世論が傾いてしまうように見える韓国とも違うし、
何があってもあきらめ顔になりがちな日本とも違う。

多様性を守ろうとし、
自分の意思を表明するために敢然と立ち上がる。
名もない人たちの行動から、
アメリカの強さの秘密がうかがえる。

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映画評 「沈黙 -サイレンス-」 [映画評]

マーティン・スコセッシ監督の「沈黙 -サイレンス-」を見た。
マーティン・スコセッシと言えば、「タクシー・ドライバー」「レイジング・ブル」「ケープ・フィアー」などで知られる巨匠。
原作は、遠藤周作の代表作。
キリスト教徒であった著者が、
神とは、信仰とは、赦しとは、といった重いテーマを描いた作品であり、
それをスコセッシ監督ががっちり受け止めている。

終始暗いトーンの映画であり、
最後に救われることもない。
辛く苦しい時間が経過していく。
本当に、延々と続いていく。
しかし、このキツイ原作に正面から取り組み、
逃げも隠れもせず、
正々堂々と組み合っている姿には感服せざるを得ない。
妥協のない、いい映画だった。

楽しくはないし、
爽快な気持ちには絶対なれない。
だが、スコセッシ監督の題材から一歩も引かない気持ちに吸い寄せられる。
この原作を映画化したら、こういう作品になる。
まったくポップではないし、多くの客を呼ぶとも思えないが、いいものを作ろうとしたらこうなる。

さて、本作ではどうしても日本人俳優の活躍に目が行く。
窪塚洋介さんは、非常に大切な人物を演じていて、これが再ブレイクのきっかけになればいいと願うが、今一つ行動が理解できないため、感情移入ができなかった。
この映画での数少ない不満点でもある。
窪塚さん自体は頑張っておられたと思うが。
信仰に殉じる純朴な男を演じる塚本晋也さんは素晴らしかった。
また、一番の悪役をイッセー尾形さんが演じていたのがはまっていた。
今、グイグイ来ている若手女優の小松菜奈さんも出演しているのだが、出ていると知らなければ見過ごしていたかもしれない。
日経の映画評に「汚れ役」とあったので、遊女か何かを演じているのかと密かに期待したが、言葉通りに泥などで顔が汚れた役だった。
大男役で、高山善廣さんが出ていたのはちょっとクスッとした。

「沈黙 -サイレンス-」は、重い作品である。
何故、神は沈黙しているのか、という根源的な問いに加え、
日本において宗教が成立するのかといったテーマも投げかけられる。
痛快ではないが、見る価値のある優れた作品である。
今の時代に、
この題材を、お金と時間をじっくりかけて、しっかりと映像化しようとする映画魂に敬意を表したい。
アメリカ映画の底力は、こういうところにある。

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書評 「棋士の一分 将棋界が変わるには」「不屈の棋士」 [読書記録]

昨年末から年初にかけて、将棋界を大きく揺るがす事件が起きた。
大雑把な流れはこんな感じである。
・三浦弘行九段に対して、対局中の将棋ソフト使用による不正の疑いが指摘される。
・三浦九段はソフトの使用を否定したが、将棋連盟は三浦九段を出場停止処分とし、竜王戦の挑戦者を丸山忠久九段に変更。
・第三者調査委員会が調査した結果、「不正行為に及んでいたと認めるに足りる証拠はないと判断した」と結論し、丸山九段への出場停止処分は冤罪と確定。
・日本将棋連盟の谷川浩司会長が辞任を発表。

竜王というタイトルは、一般的な知名度は「名人」や「王将」より低いかもしれないが、実際には非常に格式が高い。
名人と並び称される位置にあり、賞金面ではナンバーワンである。
三浦九段は、その挑戦権をはく奪されたわけであり、損害は測り知れない。
しかし、将棋界が受けたダメージは、それをはるかに上回るものだろう。
結局無実とされたが、今回の騒動で一般の人が持ったイメージは、
「将棋のプロがカンニングかあ」
「将棋のプロって、コンピューターに次の手を教わっているんだ」
「スマホを持って戦えば、誰でもプロに勝てるんだ」
といった感じだっただろう。

私は、将棋ファンではない。
ルールくらいはわかるし、
羽生さんをはじめ、渡辺さん、佐藤さん、森内さんといった一流棋士の名前は知っているし、
加藤一二三さんのいろいろな伝説も聞いたことがあるし、
「聖の青春」を読んで涙を流し、映画も観に行ったし、
子供の頃、新聞の将棋ランを見てわかりもしないのに大内延介さんを勝手に応援していたこともあったが、
ファンと言えるようなレベルではない。
だから、今回のことも野次馬気分で眺めていた。
書店で、「棋士の一分 将棋界が変わるには」を見かけたときも、「へえ、ハッシーが本書いたんだ」という感じだった。
ハッシーとは、この本の著者である橋本崇載さんのニックネームである。
将棋ファンではない私が、なぜタイトルホルダーでもない彼のことを知っているかというと、その個性的な振る舞いによってである。
特に、NHK杯テレビ将棋トーナメントで抱負を述べる際のはじけ方は、棋士という枠を超えて話題を呼んだ。
動画はこちらで https://www.youtube.com/watch?v=eRHXu7kQu3g

だから、「棋士の一分」にも、ハッシーがパフォーマンスの裏で考えていることや、これからの目標、将棋界に言いたいことなどが、面白おかしく、それでいて鋭く書かれているものと思った。
しかし、内容はほぼ全編、将棋界とコンピューターとの接し方についての持論に終始していた。
つづめて言うと、将棋界はコンピューターに関わるな、ということになろうかと思う。
一つの見識とは思うが、その話ばかりなので、正直なところ興味を持ち続けるのが難しく、本としてはイマイチな感じだった。

「棋士の一分」読了後、三浦九段に関する出来事で騒ぎが広がってもいたので、もう少し将棋とコンピューターのかかわりについて知りたくなった。
そこで、読み始めたのが、大川慎太郎さんによる「不屈の棋士」である。
大川さんは将棋記者であり、長く将棋界を見つめておられる。
インタビューによって構成されているこの本には、11人の棋士が登場してくる。
すなわち、羽生善治、渡辺 明、勝又清和、西尾 明、千田翔太、山崎隆之、村山慈明、森内俊之、糸谷哲郎、佐藤康光、行方尚史といった面々である。
羽生さんと渡辺さんは、最強棋士として、コンピューターには絶対負けられない立場からの発言をされている。
勝又さん、西尾さん、千田さんはソフトを使いこなす最前線の棋士として、
その他の人たちも、それぞれの立場からコンピューターについて述べている。
はっきりしているのは、コンピューターはトップ棋士のレベルに完全に追いついていること、一手一手「評価値」というものが出され、好手か悪手か、すぐにコンピューターが判断する時代になっていること、であった。
また、コンピューター将棋が人間を超えることによって、棋士の存在価値が脅かされていること、その点についての考え方が、棋士によって異なっていること、がよくわかった。
今回の騒動に心を動かされた人であれば、将棋に関心がある人もない人にもおすすめの一冊である。
プロに対するインタビュー集として、将棋という世界を離れても、十分に楽しめた。

さて、チェスではとっくに人間はコンピューターに敗れているが、それでチェスが廃れたとも聞いていない。
将棋も、同じだと思う。
将棋が廃れるとしたら、きっと別の要因である。
コンピューターに負けるかどうかではなく、プロとして見るに値するような戦いを見せ続けられるかどうかによって、将棋界の未来は決まって来る。
プロには、勝ち負けや強弱を超えた何かが必要である。
また、世代や性別や国境を超えた普及も必要になってくるだろう。

日曜の午前、Eテレで将棋番組が放送されている。
特に見はしないのだが、なんとなく安心する。
ずっと残ってほしいし、残り続けると思う。

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怒るより呆れるより もうちょっと笑ってしまった ~駄目だこりゃ、と言いそうになる 韓国における仏像裁判結果~ [ヨモヤ]

もちろん、個々の判決に首をかしげるようなものもなくはないが、基本的に日本では裁判所は一定の信頼を得ている。
法の番人として、情に流されることなく、法に基づいた判断をするものと了解されている。
というか、
司法が信じられなくなったら、
恣意的な判決がホイホイ出かねないとなってしまったら、
その国はどうなってしまうのだろう。

長崎県対馬市の観音寺から盗まれ韓国に持ち込まれた「観世音菩薩坐像」について、韓国の大田地裁は、
「数百年前に倭寇に略奪された可能性が高い」
として元の所有権を主張した韓国・浮石寺への引き渡しを命じた。

その記事を見て、
「え?」
と一瞬目を疑い、
二度見、三度見し、本当にあった話なのだと理解して、なんだか笑ってしまった。
M1グランプリでの「さらば青春の光」のネタではないが、
「そんな漫画みたいな話、あんねや」
と思った。

そもそもこの訴えには、倭寇に略奪されたとする証拠がまったく示されていない。
もっとも、証拠があったとしても、何百年も前の出来事を現代の裁判で引っ張って来ては、司法もなにもあったものではない。
韓国人が不法に盗んだことがはっきりしている文化財を、「韓国のもの」と決めてしまう判決が出てしまうようでは、残念ながら、すべての分野における韓国の主張に疑いをもってかからなくてはならなくなる。

観音寺の前住職は
「品性を疑う判決。これが韓国という国なのか。やはり理解できない国だと改めて感じた」
と怒りをあらわにされたというが、それはそうだろう。
泥棒行為を司法が容認しているのだから。
韓国政府が即日控訴したのが救いと言えば言えるが、これもどこまで本気かはわからない。

韓国は、
隣国であり、
歴史的にも、
文化的にも、
経済的にも、
重要なパートナーである。
それはこれからも変わらない。
しかし、日本とはあまりにも違っている。
今回のことで、それがさらにはっきりした。

価値観が違っても、尊重し合える関係というものはあると思う。
だが、尊重できない価値観というものもある。

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不安だらけのメンバー構成もこれでWBCを勝ち抜くしかない [ヨモヤ]

第4回WBCに挑む侍ジャパンのメンバーが発表された。
メジャーリーガーは、アストロズの青木宣親外野手一人だけ。
ダルビッシュ、田中、岩隈、上原といった、日本の切り札の名前はない。
もちろん、イチローもいない。
WBCは、サッカーのワールドカップとはまったく違う位置づけの大会であり、こうなることもやむを得ない。
他国も似たような状況である。

それでも、野手については、怪我の影響で目途が立たなかったソフトバンクの柳田や日本ハムの中島を除けば、ほぼベストの布陣と言える。
ロッテの角中やソフトバンクの中村を選びたいところだし、日本は足で勝負すべきと思うので、日本ハムの西川も入れたいところだが、人数に限りがあるなかでは仕方がない。

心配は、バッテリーである。
小久保監督は、投手中心のチームというが、継投に大きな不安を感じる。
結局、抑えは一本化されなかったし、
中継ぎのスペシャリストも少ない。
左殺しと言える投手も見当たらない。
この試合で、この打者をなんとしても抑えなければならない、
というところで投げる投手が誰になるのか見えてこない。
戦っていく中で探るしかないのだろうが。

キャッチャーも、打力の面も含め、線が細い。
過去のWBCでは、里崎、城島、阿部と、キャッチャーがチームの核になっていたが、今回はそれを望めそうもない。

もう一つの心配は、多くの人が思っているとおり首脳陣である。
小久保監督には監督経験がなく、統率力などには秀でているとしても、継投や代打、守備固めなどの勝負勘に不安がつきまとう。
プレミア12ではその不安が的中してしまっており、あの悪夢が繰り返されないことを祈りたいが、投手コーチが権藤さん一人というのも、どうなのだろう。

しかし、決まったものは決まったもの。
日本のトップが集まったことは間違いなく、このメンバーで勝ち抜いていくしかない。
開催時期や、出場選手や、レギュレーションなどなど、WBCの意義についての意見は相変わらずあるが、それでもなんでもやるからには勝ち抜いていくしかない。

見せてほしい。
日本野球の底力を。

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黒田総裁の見立て通りなら2017年はいい年になる [経済を眺める楽しみ]

世界経済フォーラムの年次総会(ダボス会議)に出席した日銀の黒田東彦総裁が、2017年の経済見通しについて語られた内容が伝えられている。
あくまでも「個人的な見方」という注釈付きだが、日銀総裁の言葉である以上、重みをもって受け止めるのが当然だろう。
立場上もあるのだろうし、自らの成果を強調する意味もあるのかもしれないが、前向きな言葉が並んだ。
このとおり進むのなら、2017年の世界経済は順風である。

まずアメリカ経済については、
「成長が見込め、ドルは上昇しうる」
と述べられた。
トランプ政権の政策云々ではなく、景気の流れとしていい方向に向かっているということであろう。
アメリカが成長し、ドルが高くなるなら日本にとっては強力な追い風である。

心配される保護主義の動きについては、
「アメリカだけでなく、日本もヨーロッパ中国も、世界的なモノの流れ、サプライチェーンに組み込まれている。世界貿易を大きく損なう保護主義が、世界的に広がる可能性は少ないのではないか」
と、悲観的にはとらえられていない。

イギリスのメイ首相による、EU域内の単一市場からの撤退意向についても、
「予想外のショックを与える話でなく、今後の方向性を明確にしたのであり、よいことだ」
と評価された。

肝心の日本経済についても、
「2016年度と17年度の日本経済は、潜在成長率を大きく超える1.5%程度で成長するだろう」
とし、さらに
「持続可能な成長に向かう」
とおっしゃったらしい。
現在の日本の潜在成長率は、1%を大きく割り込んでいると推計されているから、1.5%の成長はまずまずということになる。

ひょっとしたら、多少のリップサービスが求められるような場だった可能性もあるし、どちらかと言うと強気に景況判断される傾向がある黒田総裁の言葉だから、少し割引く必要があるのかもしれないが、それにしても前向きに見られる環境が整っているということだろうか。
安倍政権・黒田総裁の任期期間中に、デフレとの闘いに終止符を打ちたいところであるが、うっすら明かりが見えてきたのかもしれない。
これまで何度もそんな話が出て、期待をさせられてはそのたびに裏切られては来たのだけれど。

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映画の観客動員42年ぶりの数値  ~今年もいい作品をお願いします~ [ヨモヤ]

2016年は、日本映画界にとっていい一年だった。
「君の名は。」というメガヒット、
「シン・ゴジラ」という話題作、
「この世界の片隅に」という傑作、
などが軒並み誕生し、興行成績も記録づくめになったのだから。

2016年の年間興収は2,355億8000万円と、前年比108.5%の伸び。
これは興収発表となった2000年以降では最高の数字である。
観客動員も1億8018万9000人と、1億8000万人台を回復。
これは、実に1974年以来のことだという。
42年ぶり!の快挙である。

この結果を受けて日本映画製作者連盟の岡田裕介会長は
「目標である2億人に明るい兆しが見えてきた。これは映画自体の魅力だと自負している」
「ちゃんとしたソフトを作ればお客さんは来てくれるという自信になった1年だった」
と、力強く語られたという。
若者の数が減り、
娯楽が多様化し、
レンタルがあり、ネット配信があり、
という状況になっても、いい作品を作ればお客さんは来てくれる。
それを証明した一年になった。
映画界はこのことを忘れないでほしい。
お客さんが減るとしたら、それは外部環境の責任ではなく、作品の力が弱まったのである。

2017年は、漫画原作の映画化が目白押しである。
漫画原作の映画化は数年来続く傾向で、その安易さには批判も多いが、決まったものは決まったものだし、日本らしいといえばらしくもある。
今年は、対策が多いのが特徴だろうか。
ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない 第一章』
『銀魂』
鋼の錬金術師
『亜人』
東京喰種』
と来たものである。
全部すっころぶ可能性も少なくないが、ひょっとしたら大化けする作品もあるかもしれない。
期待はしていないが、万が一を楽しみにしていよう。
また、今は評判になっていないが、ひそかに牙を研いでいる映画もきっとあるだろう。

2016年は、映画の話題が一般にも大きく広がった一年だった。
映画の持つ潜在力を改めて実感できた。
この流れを2017年につなげられれば、日本映画復活!と宣言できるかも知れない。

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アメリカ抜きのTPPを真剣に検討すべき [経済を眺める楽しみ]

日本政府は1月20日、TPPの国内手続きを全て完了し、協定を法的に管理する「寄託国」であるニュージーランドに通告した。
「通告」を行ったのは参加12カ国で初めてのことらしい。
この時期に他国に先んじて行った理由は、TPPからの脱退方針を示しているトランプ次期米大統領が正式就任する前に、保護主義の広がりを牽制する意思を内外に示す狙いがあるとのことだった。
しかしトランプ大統領は23日、TPPから離脱するための大統領令に署名してしまった。
日本政府の思いは届かなかった格好である。

しかし、TPPとは、その名のとおり「環太平洋」でのパートナーシップを結ぶものであり、アメリカとの1対1での協定ではない。
寄託国であるニュージーランドのイングリッシュ首相は、トランプ政権によるTPP離脱表明に対し
「TPPが死んだとは思っていない」
と強調されたというが、そのとおりである。
ニュージーランドとしては、「プランB」としての「代替案に取り組んでいる」というわけである。
もちろん、この代替案とは米国抜きのTPPである。
オーストラリアも同様の考えを持っているという。

これまで安倍首相は
「米国抜きでは意味がない」
との認識を表明されている。
トランプ政権による正式離脱前であれば、牽制する効果も含めてそうした見解に意味があったと思うが、アメリカが本当に抜けてしまうのであれば、日本も「プランB」を検討すべきではないだろうか。

確かに、アメリカが参加するとしないでは、TPPのメリットが大幅に低減されてしまうことは否めない。
しかし、アメリカが抜けたとしても、残りの国々との連携が残されている。
これを意味がないとしてしまうのであれば、もともとのTPP自体の意味にも疑問符がついてしまう。
また、ここまで積み重ねてきた議論を白紙に戻してしまうのは、いかにももったいない。

アメリカ抜きでTPPを進め、アメリカがうらやむような成果を上げればいい。
そして、
「その節は失礼いたしました。改めて加盟をお願いいたします」
と言われるような連携にしていけばいい。
1国の手のひら返しで、これまでの長く苦しく厳しい交渉が水泡に帰してしまうのは、なんとも惜しい。
もちろん、「せっかくだから」とか「ここまで来たのだから」ではなく、国益を最優先して判断すべきなのは言うまでもないことだが。

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稀勢の里優勝の喜びにすっかり水を差された横綱への昇進 [ヨモヤ]

かなり無理やりな解釈で大関に昇進させられて以来、私は稀勢の里という力士が好きになれなかった。
もちろん、大関昇進を決めたのは稀勢の里ではなく、いろいろな思惑を持ったまわりの人間たちであるが、それでもなんとなく釈然としない思いが残り続けていた。

それが、ここ2年ほどは、稀勢の里に引き寄せられた。
もどかしさ、
情けなさ
強さ、
頼りなさ、
などなどがないまぜになって、目を離せなくなった。
だから、今場所の優勝は実に嬉しい。

さあ、来場所は綱とりだと思ったら、驚いたことにこのまま横綱に昇進させようという流れができてしまっているようだ。
大関昇進時に引き続いての、強引な昇進。
応援してきた身としては、喜びよりも強い失望が募る。
どうして、信じてあげられないのかと。

かつて稀勢の里は、「三役で3場所33勝」が一般的な基準とされている大関昇進において、32勝で昇進した。
ほかにも32勝で昇進した力士もわずかながらいるか、その場合は少なくとも直近場所で12勝以上の星を上げている。
稀勢の里のように、勝ち星を減らして32勝で昇進した力士は、何十年もさかのぼらなければ存在しない。
強引、えこひいき、裏口昇進などの声があった。
私は、大関での長い足踏みの原因の一つが、このときの昇進劇にあったものと思う。
不幸にも、この絵に描いたような「贔屓の引き倒し」が繰り返されてしまう。

もし、稀勢の里が今場所後横綱に昇進するとしたら、平成に入ってから初めての「2場所連続優勝かそれに準じる成績」に満たないケースになる。
稀勢の里の先場所の成績は12勝3敗で、優勝した鶴竜に星2つの差をつけられており、優勝に準じる成績とはとても言えないからである。
現に昨年九州場所後の定例会合では、横綱審議委員会の守屋委員長も、
「優勝争いをしていない。もろ手を挙げて賛成とはいかない」
と、今場所優勝しても昇進はないという見解だった。
つまり、今場所は綱とり場所とも認定されていなかったわけである。
当然であろう。
今になって、
「横綱2人に大関1人が途中休場する中で、これだけ頑張ったことを評価したい」
と懸命にいいところを探しておられるが、普通なら、横綱2人がいない今場所の優勝は通常より価値が低いと考えるべきだろう。
「横綱3人を破っての優勝には大きな価値がある」
というのならわかるが。

委員長は、
「国民が昇進を望んでいる」
とおっしゃる。
私も稀勢の里の横綱昇進を心から楽しみにしていた。
しかし、私も含め、国民が望んでいるのは、正々堂々とした昇進であり、大関昇進時のようなかさ上げ昇進ではないと思う。

平成以降、横綱に昇進した力士たちは、優勝した次の場所に、再び優勝しなければ横綱にはなれないとの重圧と戦って、皆それに打ち勝ってきた。
一覧を付すと、以下のようになる。
富士 14勝1敗 優勝 14勝1敗 優勝
曙   14勝1敗 優勝 13勝2敗 優勝
貴乃花 15戦全勝 優勝 15戦全勝 優勝
若乃花 14勝1敗 優勝 12勝3敗 優勝
武蔵丸 13勝2敗 優勝 13勝2敗 優勝
朝青龍 14勝1敗 優勝 14勝1敗 優勝
白鵬  13勝2敗 優勝 15戦全勝 優勝
日馬富士15戦全勝 優勝 15戦全勝 優勝
鶴竜  14勝1敗 同点 14勝1敗 優勝
唯一の例外は鶴竜だが、昇進前の場所が14勝1敗の決定戦での敗戦だから、十分に優勝に準じる成績であったと言える。

稀勢の里は、今回がようやく初めての優勝である。
そして彼は、来場所、過去の横綱昇進者たちが戦ってきたプレッシャーに立ち向かうはずだった。
私は、それを心の底から応援するつもりだった。
ここでの横綱昇進は、稀勢の里からその機会を永遠に奪うものである。

応援してきた力士の横綱昇進なのに、喜びよりも白けた気持ちの方が圧倒的に強いのが、今の私の感情である。
非常に残念なことに。

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ええっと 何が問題?  ~ 狩野英孝さんの交際に法的・道義的責任はあるかしら ~ [ヨモヤ]

狩野英孝さんが写真週刊誌「フライデー」で、17歳女子高生との「淫行疑惑」を報じられ、大きな騒ぎになっている。
出演番組は次々にキャンセルされ、
期間未定の謹慎処分となってしまった。

その渦中の狩野さんが、都内で釈明会見を開いた。
狩野さんによれば、
昨年7月ごろにSNSを通じて知り合った際に22歳と聞かされ信じていたが、恋愛感情を育んでいくにつれ、隠し事があるのではないかと感じ取り、同年10月ごろに問い詰めて真実を知ったとのことである。
本人は反省しきりであるというが、さてこの騒動、何が問題なのだろう。

まず、狩野さんの主張どおり、22歳と騙されていたのだとすれば、狩野さんはむしろ被害者であると言えるだろう。
真剣な交際に移る前に年齢の詐称を知り、それで距離を取ったとのことであり、この場合、どの辺が問題になるのだろう。

では、狩野さんが、実は相手が未成年だと知っていた場合はどうだろう。
東京都の「青少年の健全な育成に関する条例」には、以下のような条文がある。

(青少年に対する反倫理的な性交等の禁止)
第18条の6 何人も、青少年とみだらな性交又は性交類似行為を行つてはならない。

こちらに抵触する可能性があるのだが、読んでわかるとおり、性行為すべてを禁じているわけではない。
「みだらな」場合だけを禁じているのであり、お互いの了解のもと、恋愛感情を持っての行為であれば罰せられることはない。
女性は16歳から結婚できるのだから、大人としてのつきあいが許されることはむしろ当然であろう。

記者の皆さん、若しくは狩野さんに否定的な世間の皆さんは、どの辺が悪いと思っておられるのだろうか。
少なくとも私は、狩野さんを責める気にはまったくならないから、さっぱりわからないのである。

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